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定期的に出るジョジョ話
今日TTRのお客さんと話してて

「矢に2度刺されたからキラークイーンはキラークイーン・レクイエムなのでは?」とか言う疑問が出てきたので、さっき検索したら「スタンドに矢が刺さった訳じゃなく、矢に2度選ばれたのが吉良だからその点が違う」って考察があって何となく納得。

ところで・・・スタンド自体が進化するのって広瀬君のエコーズとジョニィのタスク以外に何か有ったっけ?(レクイエムモード以外で)
ジョジョ速にそれらしきトピック有るのかなぁ。

「プッチ神父を忘れるなんて…」
あぁ、そう言やそーだったな。


因みにボクが1番好きな登場人物はジャイロ。スタンドはボールブレーカーだ。
登場人物ではプチャラティ、FF、ジョリーン、億泰かな。


1番嫌いなのはギアッチョ。
顔が無理だ…。

「或る意味近親憎悪じゃないかって話か?」
いや俺は花京院。


偽もんの方だけど。

by godflooring | 2019-03-14 00:58 | 雑記 | Comments(0)
一言
今日はたのしいボンバーマン2019見て笑ったし寝ます。毎朝6時就寝で疲れたし。


ここ数日の進捗は明日にでも…

by godflooring | 2019-03-03 23:03 | 雑記 | Comments(0)
ついでにレーサーレプリカも軽く。
昔話をしたがるのはおっさん。
最初に書いておくけど

KRの事は忘れてくれ!(GP250ワークスX-09がSP仕様のバイクより遅いとか言ってはイケマセン)
「でもカワサキにはモトクロスとTT(→SS)が有るから…」



1982:VTはRZのライバルだった!?と言う今では不思議な時代
この頃は250は400cc劣化版。なんとか400相手でも善戦できるのがRZ250だけだったというだけで、正直RZはVTと大差無いです。RZ-Rになって大幅に戦闘力が上がったのが1982年。

(ホンダ)VT250F
VTは当時、高性能スポーツ。

でもVT250スパーダ、ジェイド、VTR…と延々とこのエンジンをホンダが使い続けるのを見ると「いや、良いエンジンだけど使い回し過ぎだろ!」と思ったの。

(ヤマハ)RZ250R
250ccクラスを代表するスポーツバイクRZ(空冷RD250をフル水冷かして1980年発売)を更に高出力化したのが1982年発売のRZ-R。
他社に先駆けて排気デバイスYPVS採用(排気デバイスを採用したのはRZ-Rが世界初)。
以降、後方排気TZR250までは基本的にはRZ-Rエンジンがベース。

余談だけど漫画「教師A」の主人公が乗るRZはRZ-R、教師Aのは無印RZね。
※「教師A」描いた人はボクの義兄友達(笑)

(スズキ)RG250/E
空冷2サイクルエンジン。立派な旧車です(笑)。


1983:ガンマ登場…(元祖レーサーレプリカはパラ2ガンマ)
蓋を開けてみると、やっぱりヤマハが強かった。そんな1983年。

(ホンダ)MVX250F
初のV型エンジン搭載として登場(V3エンジン)、しかし欠陥車そしてダサかった。
高出力化されたRZ-Rの性能と信頼性、アルミフレームを採用して商品性が高く評価されたガンマ相手で勝負にならず。

(ヤマハ)RZ250R(2型)
電子制御式キャブレター採用しヤマハ初の自主規制45PSモデル250ccへ。

余談だけど、この頃の自主規制~馬力は「45馬力」なら45馬力前後しか出ていない(現代のとニュアンスが近い)。
これに対して90年代前後の自主規制は「馬力保証」と言う感じで、例えばレプリカ全盛期の2スト250主力モデルは市販状態で45馬力を大きく上回っていた(88~89NSRはハズレ個体でも出荷時62~64馬力)。
90年代半ばは電子制御で強制リミットを掛けるのが当たり前になってきて、再び出荷時は45馬力前後に落ち着いてきた。

(スズキ)RG250γ
RG250のエンジン水冷化、アルミフレーム、フルカウル採用(ホンダのインテグラが最初のフルカウルでは有るが、レーサーフォルムのフルカウルと言う観点では初代γが1番最初だ)と言う時代の最先端を兼ね備えたのはガンマが世界初。
車重が1番軽く、エンジンパワーも45馬力とスペックはライバルMVX250F、RZ250Rを凌駕(※でもね…実際に乗ってみた人は知ってると思うけど、RZ-Rの方が速く走れますw)。


1984:スペンサーが歴史を作った1年だけど。

(ホンダ)1984NS250R/NS250F
ガンマ250人気を追う形でホンダ初のアルミフレーム(NS250Rのみ)&V2エンジン化。
でもフレーム強度が足りず折れまくり。SP(スポーツプロダクション)レースでRZ-R相手に惨敗。

(ヤマハ)RZ250RR
外装等の小変更のみ。

(スズキ)RG250γ(2型)
ブレーキのピストン増やしてめっちゃ強化。でもRZ-R人気圧倒的。
1~2型γは、なんかグレてる先輩が好んで買ってた。HBカラーは今みてもシビレるかっこ良さ。


1985:レーサーレプリカ時代幕開け直前…
実際にはヤマハの天下が続くのです。

(ホンダ)NS250R/NS250F継続
カラーバリエーション追加だけだったっけ。一応NS250Rにも純正ロスマンズカラーが有ります。確かあれは85だったかなぁ。

(ヤマハ)TZR250(1KT)
アルミフレーム/新型エンジン搭載TZR250が登場。TZR最強時代シーズン1。

(スズキ)RG250γ(3型)
ヤマハTZR登場で風前の灯。
なんだけど、当時は平さんVS水谷さん人気で思いのほかウォルターウルフカラーの3型γは売れてた気がする。

3型はパラ2ガンマ第2世代とも呼べるモデルで、排気デバイスとフロントフォークのプリロード調整機能、リヤサスのフルフローター式を採用…と当時最新の技術を投入された意欲的なモデルだったんですよ。でもまぁTZRが相手だと勝負になりませんが。


1986:ホンダNSR投入も返り討ち

(ホンダ)NS250R/NS250F→後期に87NSR250R登場
待望のV型投入。
87は基本構造は88と同じなんですが、細部が徹底されてなくて結果として中途半端になっちゃってたんですよね…。あと、87の発売時期が結構遅かったってのも有った気がします。

同じ87(RHではなくRG)乗りの眞子君と語り合ったのは良い思い出

(ヤマハ)1KT継続
TZR250継続。あっさりホンダNSRを返り討ち(勝因は色々と有るけど、何より蓄積されていたSPレースのノウハウが段違いだった)。

RZ250RはTZR250投入に伴い廉価かつ軽量なライトスポーツとしてマイナーチェンジ。

(スズキ)RG250ガンマ(4型)
劣勢ながらも何とかヤマハ製に対抗し得る存在だったガンマも「NSR VS TZR」の図式へ一気に塗り替わっていく86シーズンでジ・エンド。

1987:本田NSR250R(H)→NSR250R(K)登場

(ホンダ)NSR250RH
前年度に登場の87も前期(RG)→後期(NSR250RH)へマイナーチェンジ。
当時はSPレースで勝てるバイク=売れるバイクの図式が確立していたので「TZRに勝つ為に」NSRが登場したんだけど、87では全然ダメでした。なにもかもが中途半端過ぎたんだ(エトスが作った右2本出しチャンバーとか、そう言うイメージ戦略的なもの+あくまで公道用バイク、と言う概念を捨てきれて無かったのが87の大きな敗因だと今でも思うのです)。

で、ホンダが本気でやり過ぎちゃった88NSR250R(K)登場が年末に登場。

(ヤマハ)1KT継続

(スズキ)RG250ガンマ(5型)
最終パラ2ガンマ(滅多にお目に掛かれない)。
この頃には既に新型V2搭載ガンマの発売が確定していたので全く見向きもされなかった不遇なマシン。

一応それなりに改修は行われて、当時不評だったアンチノーズダイブシステムを廃止するとともにフロントフォーク/インナーチューブ大径化、エア経路見直し、ホイール/タイヤサイズが変更。

最終パラ2ガンマの白/青カラーリングは(1型の配色も好きだが)非常に爽やかで、とても良いデザインだと今でも思うの。


1988:88NSR登場で一気にNSR一色(パラ2TZR終焉、Vガンマ登場)
正直あれ(88NSR)はやり過ぎだったんじゃないかなぁ。

(ホンダ)88NSR250R登場
1年でTZRをSPレースから(ほぼ)駆逐。88NSRが空前のSPレース&峠ブームを作ったと言っても大袈裟じゃないと思う。88+Jhaチャンバーは峠の定番でした(89もこの流れは継続)。

が…下が無いだけでパワー有ると勘違いさせちゃう罪なマシン(実際に65馬力近く市販で出てたけど)。
今にして思えば結構ツッコミ所満載。完成度の低い未熟なバイク+未熟なライダーで、多分当時の若者の命が1番失われる原因はこのNSRだと思う。

自分は87→90の後に88→89とNSRは乗ったんだけど、うん…87よりは全てが良かった(フロントバンクが先に終わる、だけ共通だったけどw)。87はクラッチ上手に使わないとウィリーしなかったんだけど88はアクセル開けるだけでポンポンとフロント浮いたんで「こりゃすごい!」と感動したけど、あれも今にして思えばリヤ18インチとか車体バランスが悪かっただけって気がするし。
90に乗った後だと、すべてにおいて88-89は90より下でした。

89乗った後は単発で93とか乗った事も有りますが、自分の所有した車両としては91年頃に乗っていた89が1番最後。余ってたF3エンジンを載せてもV型TZRには勝てなかったよ。


(ヤマハ)TZR250(2XT)
RZ系エンジン最終形態。
CDIをデジタルCDIへ変更した以外にもエンジンへ大幅な変更(シリンダー等いろいろ違う)。既に時代はNSR独壇場だったので2XTは認知度が非常に低い。

余談だけど1KTのエンジンはその後RZ-R販売終了に伴い発売されたネイキッド2サイクルスポーツR1-Zやヤマハ製オートバイでもひときわ「珍車」として名高い(笑)TDR250に転用されている(TDRは本当キチ○イなバイクで、当時のヤマハは時々こういう変なの平気で売ってた)。

RZ250Rの方は最終のマイナーチェンジ。
ホイール等がFZR250同等の3本スポークモデルへ改修。RZシリーズ唯一のフル進角CDI採用。

(スズキ)88RGV250γ(Vガンマ1型)
スズキ初のV型2サイクルエンジン搭載。RG250γと比較しても倍くらい…ライバルNSRやTZRと比べても「ゴツ過ぎでしょ…」ってくらいガッチリ極太アルミフレーム採用。乗ったら分かる巨大マシン。とにかく初代Vガンマは大き過ぎたんだ…(そして硬過ぎたw)。

ミクニ製TMキャブにペプシカラー等、当時のシュワンツ人気影響も垣間見えたりしつつも初年度から高性能なマシンだったけどNSRの完成度とコンパクトさには及ばず。

SP仕様はフルアジャスタブルサスペンション搭載と色々と特徴はあったけど、全く売れずに峠でもスタンダード仕様しか見た事が無い(サーキットでは1度も走ってる姿を見なかった)。


1989:操安向上でNSRのワンメイク化が更に進む

(ホンダ)89NSR250R(公道用NSR250RK※レース専用の市販NSR250RKも存在)
18インチNSR最強でSP250は「NSR以外じゃお話にならないね!」状態。
青木(ノブ)君がテクニカルスポーツ関東からエントリーして華々しい活躍をしたのが89NSRだった気がする。

88のトコに書き忘れてたけど、この頃から「バイアスタイヤ→ツーリング用」「ラジアルタイヤ→スポーツ走行」の傾向が顕著になって、「ラジアルに非ざるはスポーツ車に非ず」って感じでした。
が…わたくし前後バイアスのGT301アローマックスを履いたCB-1で鈴鹿南のGP125予選通過タイムを楽勝でクリアしてるんだよなぁ(RS125では予選ボーダー4秒落ちのクソ遅タイムしか出せなかったですけどw)。
使いこなせないラジアルより安心して使えるバイアスの方が良い場合もあるのか…、と気付いたのは収穫。

(ヤマハ)TZR250(3MA)
いわゆる「後方排気TZR」初代モデル。新型エンジン、アルミデルタボックス採用、TZRシリーズ初のフロントダブルディスク採用。
基本的には公道での性能アップを主眼に置いていたモデルだったんで完成の域に達したNSRには全く歯が立たず。

もうこの頃には「V型じゃなきゃダメ!」って言う時代だったので、パラ2変態エンジンにしか(当時は)思えなかった後方排気TZRは殆ど売れなかった気がします。少なくとも「速いバイク乗りたい!」って人は買わなかったんじゃないかな(そういう人はNSRかVガンマを選んでた)。

あと、88と89NSRが性能的にも400ccを完全に上回ったので(最高速だけは400ccの方が速かったけど)4ストで売れ行きが好調だったのはCBR400RRとVFR400(NC30)だけだった気がする。ZXR400は速かったんだけどFZR400とGSX-R400は不人気車種に転落していきました。

(スズキ)RGV250γ
88のマイナー変更。SPモデルはミクニ大径キャブ採用。
基本的にこの頃のVガンマでSPレースは単なる罰ゲーム。

87しか初代Vガンマは乗った事無いけど、あれ一人で峠走る分には楽しかったんだがな…(これはNSR全盛期に修理で乗ったパラ2TZRでも思った事。一人で走ってると「お、このバイク走るな!」って思うんだけど、後ろからNSRがやってきたら切ない思いしかしないw)。


1990:完成の域に達したNSRに死角無し
PGMがぼっこぼこ故障し始めたのも90NSRから…なんだけど。

(ホンダ)
88-89NSRの「パワー感は有るが下が無い」欠点を解消(個人的感想だけど)。
2ストでありながら低速からエンジンを使えるので88-89よりもコーナーを速く旋回できる様になりました。リヤ17インチと併せて90-92がNSR最高峰だと思います(プロアーム化以降のNSRは駄目だ…)。

この頃になると「レーサっぽい」じゃなく「SPレースで実績が有る=レースで勝てる」事が一般ユーザー間でも重要になってきて、例えば社外チャンバーも「なんかかっこ良いし走る!」って感じだったJhaチャンバー→「地方選で優勝してる」SSフクシマ製ドッグファイトチャンバーが人気に。一般道では邪魔にしかならないんだけど、当時はステアリングダンパーを装着するのも流行でコレも殆ど減衰が効いていないデイトナ製→NHK製→HRC純正とユーザーが本物志向へ推移していった頃ですかね。

まぁ峠で速いって連中は選手権行って全滅してましたが…(俺もですけどw中山か美祢しか予選通るタイム出せなかったwww)。

チャンバーはこの後i-Factoryチャンバーが主流になったかな?
ハルクプロさんが「NSRなのにTZRに勝っちゃう」のはもう少し後の話だった気が。

自分は(へそ曲がりなので)コシカワのチャンバーを買いました。ステアリングダンパーは街乗りでは無し。


(ヤマハ)TZR250(3MAマイナーチェンジ)
キャブレター小径化&倒立フロントフォーク採用でより低速域の扱いやすさと商品イメージアップを図ったモデル。
…そんなもんでNSRに勝てる訳もなく89、90乗ってる人が居たら「なんでわざわざTZR買うかね…」と皆から総ツッコミ状態。

でも、翌年にヤマハは凄いマシンを出すんだ。


(スズキ)RGV250γ(2型)
いわゆるVJ22A。以降、最終ガンマが登場までガンマ暗黒時代。
SPレース出るなら、まだGSX-R400で出た方がまだ成績が期待できる…なんて悲しい時代。

一応91、92の途中までが2型前期で92後半と93モデルが2型後期のVJ22です。この間、あんま変化無し。


1991:NSR最強、揺るがず…・?と思わせといて

成績自体はNSRでも出てたけど、確実にTZRとの勢力図が書き換えられたのが91シーズン。
NSRは基本的に90と変化ないのでTZRの事だけ書いておきます(思い出話を書くのに飽きてきたw)。

(ヤマハ)TZR250R(3XV)
レース専用GP250マシンTZ250フルモデルチェンジに合わせて発売された、ヤマハ製V2マシン最強初代(TZR無敵時代シーズン2)。
3XVのスペックは今から思い出しても強烈なんだけど、主だったものを列挙していきます。

「TZシリンダー採用」
スタンダードモデルとSPベース車両ではシリンダーが異っていて、TZR-SPには90TZ250シリンダーそのまま採用。頭おかしい(笑)。

「本物の乾式クラッチ採用」
NSRにも採用されていた乾式クラッチもTZR-SPには採用されたんだけど、NSRの「なんちゃって」乾式クラッチ(※一般公道でも使用に耐えうる耐久性と操作性を両立させた結果、NSRのは湿式と大差無かったんだ)に対し、TZR-SPの乾式クラッチはまさに「サーキットで勝つ為の」レース専用品。

「クロスミッション採用」
TZR-SPにはサーキット走行を強く意識したクロスミッション装着。
でもね…これは(ミッションの対応範囲が柔軟なNSRに対して)TZR(TZ含む)の場合はサーキット毎に適正なミッション組み換えを行わねばならない事も多かったんですよ。

「スリックタイヤ装着でも真価を発揮するフレーム」
車体面でも3XVはそれまでのレーサーレプリカと大きく異なってて、90以前のTZRとかNSRはあくまで「公道用スポーツモデル」と言う考えで作られた車両だったんですよ。
NSRの場合はTT-F3のベース車両用でNSR250RK(88ではなく、HRC販売のレース専用車両)が有ったんですけど、このRKですらスリックタイヤに車体が負けてたんですよ(つまり、何処まで行っても公道用NSRの強化モデルだった)。
これに対しTZR250R(3XV)はレーシングスリックでの走行に耐え得る、むしろスリックタイヤこそ3XVが真価を発揮するとも言える様な高剛性フレーム/スイングアームが採用されてました。
SPラジアルタイヤ装着ならまだNSRとV型TZRなら各々良い点悪い点が有ったんですけど(NSRは何処からでも曲げられる、TZRはワイドラインを選ばないと速く走れない等)、スリック装着だとTZRに勝てるSPベース車なんて有りませんでした。3VXはスリックタイヤを装着しても全くフレームやスイングアームがヨレないんですよ(NSRは補強入れてもヨレヨレでした)。

「充実の足回りと各部調整機能」
SP仕様のTZRにはフルアジャスタブル(車高調整機能も2サイクルのレーサーレプリカではTZR-Rが初めて採用)の前後サスペンションが採用されてました(スタンダードモデルはフルアジャストではない)これもNSRには無いアドバンテージです。

各社の91モデルが凌ぎを削り合ったシーズンですが、思いの他NSR勢が善戦していた…のはV型TZRが初年度だった事とホンダ系サプライヤーが頑張った結果でしょうかね。当時の「スーパーノービス」の殆どがホンダ系チームに抱え込まれていた点も大きかった気がします。
ただ、マシン面では「あぁ、NSR終わった」と思わせる程の衝撃がV型TZRには有りました。

個人的にはこの頃、友達のRS250のフルオーバーホールとか作業しつつ3XVにSUGOキット組み込んだりで、どっちかと言うとTZRの整備をすることの方が多かったです。で、この頃は「マニュアル通りに組んでいては駄目な事が有る」と言う事に気付いたのも、ほぼTZRでの作業でした。前後バンクのキャブ同調はスロットルバルブ高さじゃなく負圧で揃えなきゃダメ、とか(負圧ジョイントを2ストに追加して測定してました)。


1992-1993

だんだん面倒くさくなってきたので割愛。
TZRが凄かった、と言う事だけ書いときます。

自分はと言うと、400市販のレース活動をしながら「ほぼメカニック」状態。
この年も3XVへのキットパーツ組み込みとか色々。RS125/250のエンジンを毎日ってくらいO/Hしたりもしてました。
93モデルだったかも知れませんが、SPキット組み込んだTZR250-SPR(3XV最強モデル)が76馬力?78馬力?をダイノジェットで記録したんですよ(車重の違いは有るけどセッティング少し外したRS250やTZ250よりパワー出てた)。

たまたま乗った3XVだと、余裕でタイム出せるのに驚愕。
この頃は「ヤマハ=敵」だったので「こりゃアカン…」と言うのを自覚。当時は色々と勘違い(今もだけどw)激しくて、ホンダで勝てなきゃレースする資格無いって思い込んでたんで。

てな訳でこの頃に乗る方も触る方もレースから遠のきました。借金も有ったし生活もめちゃくちゃだったから、人生立て直さなきゃ破滅だったんですよ。
でもまぁ、引退って言うか、そもそもスタートラインにすら立ててなかったのが実情だなぁ(苦笑)。


1996あたり?

でも沼田さんのファンだったので時々レースは観戦に。
SP250見てたら最終ガンマ最強時代到来だったんだが、時既に遅し…(SPクラスの廃止が決まってた)。


そんな訳で、自分的にはTZR250-SPRが最強の2スト250って印象が強いです。
苦労せずにちゃんと組み直すだけで凄い走るバイクになりましたからね(※マニュアルは色々間違ってる、と言うのに気付いたのも当時のTZ系で苦労した点ですw)。

唯一TZR250SPRに勝てるのって最終ガンマ(SPモデル)だけなんですけど、あれクランク速攻終わるんですよ。
200キロくらいで全然走らなくなってた気がします。




さ、仕事に戻ろう。


by godflooring | 2019-02-10 07:44 | 雑記 | Comments(0)
1989年から1990年代の2ストトレールを振り返ってみる
ちょうどDT200WRと言う傑作を預かったので、良い機会かと思いツラツラと薀蓄ん。
あまり根拠がない、同時期のライバルメーカー車両の復習。


(ホンダ)

1989年:CRM250が登場(250ccとしてはエルノシア以来の新型モデル)。

CRM登場まではMTX200Rがホンダ2ストトレールの主力(→MTXは「ザ・80年代」な代表車種だけどホンダ初の水冷トレールとしての意義は大きいと思います)。

CRM発売当時は正立フォーク採用だったけど後に倒立化され(1991年だっけ?)、最終モデルとなるARまで倒立フォークは継続採用されました。一旦倒立化されて最後まで正立に戻らなかったのは2ストトレールではCRMとDT200WRだけです。

CRMシリーズ最終モデルとなるARは1997年に発売開始。総合力で1番乗り易く、何より疲れない250ccトレールの傑作でした。ライバルメーカーの新型に関係なく、倒立化されてからは毎年コンスタントに売れてた気がします。まぁ雑記もやたらCRM記事が多かったですからね…ユーザーが多かったから特集されていたのか、雑誌記事が多かったからユーザーとしては安心してCRMを選べたのかは分かんないですけど。あと無駄に無限押しだったのが鼻につきましたね…(無限CDIは良かったけど、チャンバーはフランジ付け直したCR250のだった気がする)。

当時としてはデザイン頑張った方。今見ても耐えられるけどシェラウドのやっつけ感が…。
自分はRr乗ってました。ARも発売当初は「うわ~めっちゃかっこ良いなぁ」と思いましたけど、今見るとさすがに野暮ったい箇所が少し。

CRM全般で言うとサス(特にフロントフォーク)がフニャフニャ過ぎたのが嫌いでした。
ARの値段高過ぎたしなぁ…

でも本当に良く出来ていて凄く完成度の高いバイクだと思ってます。チャンバー換えただけでエンジンめっちゃ走るし。
MX的な使い方には全然ダメだけどEDのベース車両としては優秀。


CRM250の結論:一般向け。ホンダ大好きさん向け。


(ヤマハ)

1991年にDT200WR登場。1988年に後期モデルが出たDT200Rとは全く別のバイク(DT200RはホンダMTX、スズキの公道RA/RH、カワサキKMX世代)。発売当時「ほぼモトクロッサーと同等の性能と機能を有している」という触れ込みでアホほど売れる。あと、当時もデザインの秀逸さは群を抜いていて、それも人気の大きな要因だったと思う。

が、尖り過ぎてて中免取り立てライダーには敷居が高過ぎて初心者には難しいオートバイに。RMX登場とCRM人気急上昇であっさり敗北したのか1994モデルで販売終了(ヤマハ的にはその後WR-F系が大人気)。

味付けがモトクロッサー的だったので(エンデューロ用としては攻撃的過ぎた)レースを席巻するには至らず。批判的な言い方をすれば当時の評価としては「MXコースではモトクロッサーには及ばず、EDではライバルメーカーのエンヂュランサーにも及ばず…」で立ち位置的には中途半端な感は否めなかった。

逆に言えば「モトクロッサー的な要素とエンデュランサーとしての性能」両方を求めるならDT200WRは国産最高のトレール車だったと思います。先述の通り初心者にはとても乗れない様なバイクだったので(高校生当時に友達が5,6人WR買ったけど全員が半年でXRやCRM、レーサーレプリカへ乗り換えたw)ベテランライダーやMX経験者に愛用者が多かった気がします。と言うかMX系で今でもDT200WRを後生大事に所有してる人が案外多いんですよ(笑)→ウチのチームメカ長はDT200WRを3台持ってる


余談だけど1997年にDT200WRの異種モデルとしてランツァ登場は発売当時は酷評されて全く売れなくて自分も興味無かったんだけど、5年くらい前かな?乗ってみたらDT200WRとは全く違う観点で非常に優れたオフロードバイクだと驚かされました。パワーをあげる為の+30ccじゃなく、トルクを出して乗りやすさを出す為の30ccかなぁ、と。
個人的には「林道ツーリングなら最強の2ストトレール」と思っています(しかもDT200WRとは違う独特なデザインの秀逸さが光ってるw)。


DT200WR結論:マニア、ベテラン向け。MX系ライダー用


(スズキ)

1989年に水冷化されたTS125R200R登場。絶賛不人気車。TS125Rは自分も買いましたが、おそろしくステアリングが切れ込むバイクで「ダメだこりゃ」状態、から速攻で売り飛ばしました(笑)。

1992年に登場したRMXでトレールのスズキ最強時代を実現。この後数年はコースに行くとパドックまっ黄色でスズキが天下獲った時代。
1996年:RMX250SがSJ13からSJ14へ。やや問題の多かったキャブレターやフロントフォークその他を一新しRMX完成形へ。

RMX結論:妙な癖がなく最初から完成度が高い車両を選びたい人向け

意外に思われるかも知れないが、1番全体的なバランスが良いのはRM系。これは今もです


(カワサキ)

1989年に初代KDX200SR発売。エンデューロコースは緑で埋め尽くされる。こうして他メーカーの記録を調べていくと、CRMと同時期に発売された事に気付くんだけど「最初に市販で左右ラジエター&シェラウドを実現して時代の最先端を切り拓いたのはKDX」と言う印象が強く残っています。それだけ時代の最先端を行ってたのがKDX200SRでした。

因みに同時期に海外で販売されていたKDX200Rは「如何にも80年代のEDレーサー」的なデザインだったので(KMXよりは良かったけど)、レース車両のKDX200RよりもKDX200SRの方がかっこ良かったんです。

1991年にKDX250SR-Ⅰ登場するもCRM250RのシェアやRMXの戦闘力に太刀打ち出来ず。Ⅱ型で操安性を中心に完成度が高まるが評価を挽回するには至らず(200SR自体は1993モデルまで併売)。直線番長っぷりは「さすがは2スト250!」だったんだけど、結局CRM250の扱いやすさ(疲れない)、RMXの戦闘力の高さに太刀打ち出来ず。

余談ですがレーサーのKDX250Rは、ほぼKX250なので250SRとは別のバイクだと思って下さい。互換性殆ど無いです。

1994年にKDXシリーズとして最終進化系の220SRへモデルチェンジ(倒立→正立フォーク化)。間違いなくKDX-SRシリーズ最高のバイクなんですが、地味なデザインや装備が原因か最後まで今一つ不人気なまま販売終了。

今見るとKDXシリーズでは1番乗り易い上に十分速くて良いバイクなんですけどね…個人的には89で強烈なインパクトを受けた初代KDX200SRがデザイン面ではピークで、それ以降のKDX/KLXは最終エディションまで89を超える事は無かったと思っています。


KDX結論:見た目の地味さを気にしないならKDX220SRはとても良く出来た傑作



年代順に並び替え。


1989年:CRM250R、KDX200SR発売。KDX200SRの天下。TS200Rと旧DT200Rは蚊帳の外
1990年:相変わらずKDXバカ売れ。トレールはカワサキが天下統一
1991年:DT200WR新発売、めっちゃ売れる。CRM250も倒立フォーク採用で鬼の猛追開始。KDX250SR登場するも完成度低くガッカリ
1992年:RMX250S発売、ほぼRM250なのに似た様なコンセプトのDT200WRよりも大人気に。RMXバカ売れ。CRMも順調に売れる
1993年:KDXは200SRから本格的に250SRへシフトするもユーザー戻らず。順当にCRMがシェアを伸ばしRMXと人気を二分
1994年:KDX220SR発売するも時既に遅し…CRM対RMXの図式は変わらず。ヤマハ既に影も形も無し
1995年:1994年と大勢に変化無し。CRMユーザーが増えた気はするけれど。
1996年:この頃になると空前のエンデューロ人気にも陰り。終わりを予感しての最終型RMX購入者が結構居た点からも明らか
1997年:CRM250最終完成形のAR登場。ここに勝負有り。当時はやはりホンダブランドが強かった…(ランツァは用途が違うから除外)

異論は認める(笑)。


最終ガンマやGSX400インパルス同様、この当時もスズキは新型(S14)投入の時期が手遅れ気味じゃないか…(ARの投入がフルモデルチェンジとしては1番最後だけど、当時のホンダって今よりも更に格が違ってたからなぁ…)。

これ以降は新型2ストトレールの発売無し。過熱し過ぎの感が有った90年前後のバイクブームと同時にエンデューロも下火へ。
じわじわと4スト化が進んだりモトクロッサーのエンデューロ化が進み現代に到る。

JNCC等、主催者の努力も有って一時期のオフロード氷河期に比べればエンデューロはまだ盛り返してきたと思います(モトクロスは関東以外、頑張ってる少数の人達を除けばほぼ終わりですw)。
まぁエンデューロもリターンライダーが大半ですけどね…(なので、僕達おじさん世代は若者を暖かく応援しましょうw)。




「明日は休むぞ!」と思った瞬間、まー語る語る(笑)。


因みにKDXシリーズは意外に部品がまだ入手出来るけど(200と250は通常O/H出来ないくらい部品無いです)、CRMとRMXは満足のいくO/H作業は既に無理です(RMXはミッション系の部品が無くて、CRMはエンジン内部部品が殆ど有りません)。DT200WRは幾分マシですが、部品の値段がおっそろしく高いです…。


ま・・・KDX220SR以外は事実上終わり。
古いからしゃーない。


2ストの新型トレール作ってほしいなぁ。

by godflooring | 2019-02-10 04:26 | 雑記 | Comments(8)
これイイなぁ
公式発表された19RM-Z250も気掛かりだけれど(アレコレ言及すると、微妙にしかめっ面されちゃう可能性があるので書きませんw)




こっちの方が個人的にはめちゃんこ興味有る。相変わらずブルー配色はスズキが世界で1番かっこいい!(個人の主観ですw)

スズキ製2種スクもリヤツインサス化か…PCXやシグナスXの対抗馬ですかね?
V125のコンパクトさも好きなんですけどね…いかんせんシグナスXの性能やPCXの燃費にV125だと太刀打ち出来ないし。

スウィッシュ…燃費51km/ℓってマジで?PCX並やん!

昔からスズキ2輪って「コスパ観点では常に最強クラス」「同一性能なら1番安い」「最後に最強の車両をリリースしてくる」ってイメージ。あとはエンジン性能に対して驚くくらい軽快な車体とか。Vガンマ最終なんてNSRどころかTZシリンダー採用TZR(3XV)ですら太刀打ちできない最強マシンだった(SP仕様車はクランクが速攻で終わってたけど)。
ま…Vガンマ最終出た頃にはSP250の時代は終わってたんですが(笑)。

そー言えばGSX400インパルスもストック状態では無敵のネイキッドだったけど、既に時期を逸してたね…(無改造ならインパルス>>ZRX>>>>CB400SF-VR>CB400SF>>(決して越えられない壁)>>XJR。レース車に仕立てればCB400SF(VR含む)>インパルス>>ZRXかな。XJRは論外でした)


個性的(しかも性能尖ってる!)なバイク売ってくれてるメーカーって、正直ヤマハとスズキしか無いと思う。
どっちもたくさん売れてほしいメーカーさんだなぁ(ホンダとカワサキ、外車は知らんw)。

※新車販売に全く自分は関係無いので(メーカーの販売戦略に巻き込まれたくないんだ)自分の考えだけで書いてます(笑)



余談。

原付野郎だった若かりし日、わたくし「JOG-Z最強なのは分かる…だが、俺はコレだ!」と言って延々とHi UP-R(またはオカンのセピア)を選び続けた30年前のわたくし(ホンダ製はG'で見限ったったw)。

ま…JOG-ZR登場であっさりHi UP-Rを廃車して乗り換えたんですけどね(笑)。
だってメットインなのにJOGの方が速かったんだもの…Hi UP-Rのフォークすぐ曲がるし…(それはお前が転倒しまくってたからだろ!)

by godflooring | 2019-02-08 16:12 | 雑記 | Comments(0)
ん? MX33…?
まーたジオマックスが更なる進化を遂げてしまうのか。


ありがたい、ありがたい…
ありがとう、ありがとう…(CV藤岡弘)


※追記

なんか去年の時点で発売済の新型だったみたい(タイヤチョイスは相談受けて調べる以外、基本その人任せだから…)。


※更に追記

個人的にはダンロップさん、ブリジストンさんどっちでも良いと思います。その人が使いたい/使わなきゃいけない状況で選べば良いんじゃないかと。ただ、ロードと違って圧倒的の差とかの話じゃなくタイヤの特徴を生かせば上手に戦えるのがモトクロスの良いところ。

ダンロップさんのMXタイヤは(メーカーの人じゃないから間違って認識してるかもだけど)、なんといってもウルトラワイドレンジ対応って事です。少々路面コンディションに合ってなくても「これじゃあ走れないよ!」なんて事にはならないです。

一例としてMX3x系を挙げてみます。

MX32→MX3S→MX33?は基本的に軟質路面用(ザクザクに掘り起こしてるコースとか綺麗にコース整地されてる場合とか)で、ここ数年の全日本みたいに全戦すばらしくコース整地されてる条件なら1シーズン通してリヤはMX3xで大丈夫でした。広島あたりだと「リヤはMX52の方が良いのか…?」と少し悩んだりもしましたが、圧倒的にスタートで出るので結局この3年、リヤは常にMX3xしか使ってません。

普段の練習だと阪下(基本的には硬質路面)が多いので、阪下の路面だけを考えればMX52がベストだと思いますがMX3Sでも全く問題有りませんでした。よく言われるブロック飛びもタイヤがまだ新しい内は、少なくとも自分が担当してるライダーでは発生しなかったですね。ただ、これはライダーの使い方に依る部分が大きく、旧MX32の頃はその当時担当してたライダーがタイヤ交換初日でブロックが千切れる事も有りました。3Sからは使い込んでいくとサイドが時々、千切れる程度です。

先述の通り、全日本ではリヤタイヤがほぼMX3S(激マディ時やスタートに勝負を掛けたい時はリヤMX12)だったのでリヤMX52は普段も余り使わなくなりました。スペアホイールに余裕が無い場合が一般の人は殆どだと思いますので、MX3x系なら硬質~マディ殆どの路面に対応出来ますからホイールが車体についてる1本しか無い、と言う場合はMX3x系がお勧めです。自分もリヤは常に3Sを装着しています。

あと、MX52でもタイヤが新品ならマディでも全然走れます。これもダンロップさんのMXタイヤが守備範囲が広い証拠。


一方のブリジストンさんは、条件さえ揃えば(コースコンディションに完全に合致するタイヤチョイスをすれば)抜群のグリップと安心感を得られるのが特徴だと思います。実際にはダンロップさんのグリップが低い訳ではないのですが、多くの人が「グリップ感で言えば、やっぱりブリジストン」と感じる人が多いのも事実として有ると思います。
ただ、ダンロップさんに比べると守備範囲は普通ですね(M3ケタの頃よりはワイドレンジになってる気はしますが。M2ケタの頃はタイヤチョイスが難しかった)。マディならマディ専用、ソフト路面にはソフト、やや硬質ならミディアムハード、ガレガレorカチパンならハード…と、その都度路面状況に応じたタイヤを選択した方がブリジストンさんの長所を生かせると思います。
ソフト用タイヤは先述の通り、ダンロップさんのMX3Sが素晴らしいので敢えてX20を選ぶ必要は少ない…と言うのが私の考えですが、路面状況に合っているタイヤチョイスを出来るならマディまたはハード路面ではBSさんの方が「より」良いとは思います。スペアホイールに余裕が有る人、路面状況はレース前半~後半の路面状況の変化を想定して戦える人/環境ならBSさんも良い選択です。

個人的には「ワイヤーの硬いBSタイヤはボクが好きなBSじゃない…」と言うだけの理由で現在のバトルクロスは使わなくなりました。M403/M404までは真冬でも楽勝でタイヤ交換が出来たのでよく使っていたんですけれどね。一般の人がタイヤ交換するとリムが傷だらけになるのも仕方ないお話かなぁ。


ピレリとかミシュランは殆ど出番が無いので割愛。
まぁピレリジャパン自体がやる気ないし、ミシュランのスタークロスは性能面でお話にならない(古過ぎる)からなぁ。古いって言う観点で言えばシンコータイヤも古いので(大昔のヨコハマタイヤだから)、特殊な条件でしか選択しないです。19インチ用ダートラタイヤとか。

「タイヤ全般」って話にまで拡げるとIRCも良いタイヤなんですが(特にエンデューロ系タイヤとスクータータイヤは素晴らしい)、敢えてMX用途でIRCを選ぶ必然性は殆ど無いんじゃないかなぁ。オプンフィールドとかブッシュ走る分にはMXタイヤだとお話にならない事が多いので(MXタイヤでJNCC上位走ってる人達は元々MXプロが大半なので、それは一般人じゃないからw)そもそも観点が違うし。VEシリーズは自分も大好きでお勧めしたいEDタイヤなんですが、IXシリーズはあんまり好きじゃないです。あれ見たら「ジオマックスでエエやん」と思ってしまう訳で。


タイヤ話は結局、最後まで主観なので井戸端世間話程度で聞き流してくだされ。

by godflooring | 2019-02-08 01:50 | 雑記 | Comments(7)
ぐぬぬ…
なんか今日は3時間で目が覚めたので(家庭ごみの日で、台所の生ごみ出す為に早起き)勉強中。
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知恵熱が。


風呂はいって洗濯しよ……

by godflooring | 2019-02-07 07:43 | 雑記 | Comments(0)
どうもコレが原因らしい…?
RM-Zに限らず新車の生産が追い付かなくなってるのは豊川工場完全閉鎖に伴う浜松工場への移行が原因っぽい。




2014年の公式リリース。




まぁ…2月末には届くでしょ。うん。
届くよね?


豊川工場跡地はイオンになるの-?

by godflooring | 2019-02-07 07:27 | 雑記 | Comments(2)
欲しい書籍が
ざっと20数冊有るんだけど総額10万近くするんだよなぁ…。
読んでる時間無いんだけど。


でも優先度が高いのからでもボチボチ読んで根拠増やしてかないと俺の将来は暗い物(絶望)になるからなぁ。
今のままじゃ天下は獲れないぜ…(獲りませんし興味無いですけどw)。



あ。

今朝も元気に某i家当主の駆るWR、ウチの前をカっとんでいきました(笑)。
あの人の元気ハツラツっぷり見習わなアカンな…うむ。



家庭ごみ出して寝よ。

by godflooring | 2019-02-04 04:48 | 雑記 | Comments(0)
背中が痛かったり通信障害起きてたり。
寝違えた訳でもないのに作業してたら突如背中が痛くなって来て(座ってもいられないレベルで)仕事にならなかったり、翌日体調戻って「さて、今日は頑張るか」と思ったらメール&インターネット接続エラーが出たり…で想定外の小さな問題があれこれ発生。

通信障害の方はルーターのセッション不良だったので電源OFF→ONしてからセッション停止&再開で復旧。

やれやれ、

by godflooring | 2019-02-03 14:35 | 雑記 | Comments(0)